じねんのことはり

アメリカンコールスローサラダとハーシーのチョコレート

コールスローサラダ


 今から20ン年前、私が当時住んでいた立川市は、米軍基地のある福生のとなりということもあってなんとなく異国の雑多な雰囲気のある町だった。アメリカンハウスも多く、そこに住む画学生や作家も多くいた。…私の住んでいたアパートもなんとも不思議なところで、木造の建物で上下に上げ下げする縦窓があった。もちろんトイレは共同で汲み取り、流しも共同。お湯なんて出ない。
 そのアパートには画学生だけでなく、予備校に通うため地方から出てきた高校生や浪人生が住んでいた。そのなかに、今でも忘れられない女の子がいる。
 田舎から何がしかの「親心便」が届くと、住人たちはアパートの仲間におすそ分けをする。北は北海道から南は沖縄まで、珍しいものがよく届いたものだ。

 ある日沖縄の女の子が、ハーシーの大きなチョコレートを持って来てくれた。
 当時の私にとっては珍しい好物の外国菓子に喜んで、「(あなたの里は)いいねぇ!」というようなことを言ったと思う。彼女は少し困ったような笑顔を見せてから、はっきりと言った。
「沖縄には基地がありますから。」
 彼女の表情は笑っているけれど暗く翳って急に大人びて見えた。まっすぐ私を見つめる彼女の目に、無言の叱責を受けたように感じて、私は言葉に詰った。
 その時の彼女の表情と、言葉を今でもよく思い出す。

  当時の私には「オーストラリアに留学したい」という夢があり、英語をしゃべれるようになりたかった(留学の情熱は数年後にはすっかりさめてしまった)。…アパートの近所に、英会話教室があったので安易に飛び込み、教えを請うた。先生は女の方で、日本人。ご主人が福生の基地で働くアメリカ人だった。
 週一回のレッスンで、(そんなわけで)どのぐらい続いたか覚えていないが、英語のレッスンよりもよく覚えているのがこの先生の家庭の雰囲気だ。
 田舎育ちの私には、何もかもが珍しかった。まずご主人が帰宅すると先生は真っ先に「ハ〜ィ、○○(ご主人の名前)」と彼にキスをする(もちろん、口に)。
 ご家族の会話はすべてアメリカン・イングリッシュ(日本語は使わない)。先生の爪は驚くほど長くて、いつも不思議な色のマニュキュアが施されている。…レッスンをしながら、よく爪の手入れもしていた。
 「先生」ではなく、私のことは名前で呼んでね。とおっしゃるので私は彼女に呼びかける時Emi、と言わなければならなかった。これにはいつまで経っても慣れなかった。
 一度ホームパーティーにいらっしゃい、と言われお邪魔したら、見たこともないでっかいオーブンで、これまた見たこともないでっかい肉の塊を焼いていた。オレンジのいい香りがする牛ひれ肉のローストだった。

 そんな先生に教わったのがアメリカ式「コールスローサラダ」。
1.キャベツとニンジン適宜を好みに刻み(私は雑な千切り)大きめのボウルに入れる
2.1に塩を振り手でよくもむ
3.出てきた水気をぎゅぅーっと絞って捨てる
4.そこに酢、砂糖少々(これがポイント)、マヨネーズを入れ混ぜ合わせる
 ケ×タッキーのコールスローが好きな私が、自分でどう作っても同じ味にならない、と言うと教えてくれたのだ。それからなんとなく、懐かしさもあっていつもそのやり方だ。

 このサラダを食べるたび、あの頃経験した色々なことや出会った人たち、沖縄には基地があると言った彼女のことを思い出す。
 その時、私が彼女に何と言ったのか覚えていないが、当たり障りの無い気遣いの言葉しか出なかったように思う。その後彼女が「基地」を語ることは無かった。
 私よりもいくつか年下だった彼女の眼に映ったあの頃の私は、どんなに子供じみていたことだろう。あなたにはわからない。少し笑った表情がそう語っていた。
 あれから25年。
 今の私なら、あの頃の彼女と話が続けられるだろうか。

 夢いっぱいの10代の甘くて酸っぱい味がするサラダ。
 彼女の顔と一緒に思い出す苦みも一緒に味わう、ほんのしばらくの間だけ。



 

| じねんのことはり | 2005.07.09 Saturday |
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