じねんのことはり

じねんのことはり 目次

じねんのことはり

| じねんのことはり | 2010.07.15 Thursday |
薪で走るボンネットバス

薪バス もくちゃん

 薪はその昔、人の生活に無くてはならないものだった。
 薪の原料になる木はもちろん、炊きつけにする落ち葉や枝や、牛馬の飼葉となる草も人は大切にした。
 里の近くの山はいつも明るく、春になれば下草が刈られた所から丈の低い草たちが芽吹き、花を咲かせていたに違いない。
 そして道ばたの草は奇麗に刈り取られ、そこからも野の花々が顔を出していたことだろう。
 炊きつけの草を刈るにも、近場が良いに決まっている。
 どこの道ばたにも夏草が生い茂り、これを税金を投じて草刈をしてゴミにする・・・という時代が来るなどと当時、誰も想像しなかったことだろう。

 薪に話を戻して・・・さてその薪の原料にも事欠く現代、なのに薪流行りの時代でもある。
 薪の原木はあるところにはあるのだが、手に入れるのが難しい。
 それに石油に比べ安価かというとそうでもない。
 かといって売る側も薪でそうそう商売になるわけでもない。

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| じねんのことはり | 2007.11.05 Monday |
『夢』

水車小屋

 川べりには水車小屋。
 草が茂る土手。
 流れの中には魚の影が…と、こんな景色がここ日本で見られたのはいつごろまでだったろう。
 
 黒澤明の「夢」という映画の舞台になったここは、穂高のわさび園の一角だ。
 叔父の絵本『水車小屋』に、ふるさと・新村の水車小屋の鉄製の水車が描かれている。水車は戦争中、国に献納され、水車を作れないまま小屋は朽ち、そして取り壊された…と、ある。
 鉄製の水車はさぞかし、パワーがあっただろうがやはり水車と言ったら、風情があるのは木製だ。
 でも、こんな木製の水車は、観光地か蕎麦屋あたりの玄関先にしか見られなくなった。

 映画「夢」の中で、’笠智衆’扮する村の古老がこの水車の横に座り、こう語る。

 人間は便利なものに弱い。

 便利なものほど いいものだと思って 本当にいいものを捨ててしまう。

 近頃の人間は 自分達も自然の一部だということを忘れている。

 人間に一番大切なのは いい空気や自然な水 それをつくりだす木や草なのに。

 汚された空気や水は 人間の心まで汚してしまう。


 本当にいいもの。
 時代がこのまま進んでいったとき、最後に「人の心」は残るだろうか。

 残さなければいけない。それは私たち、大人の役目だ。




丸さんの絵日記〈5〉水車小屋 (丸さんの絵日記 (5))
| じねんのことはり | 2007.07.10 Tuesday |
野麦峠の天然林

 山屋さんの友人から、
「お互い子供連れでどこかハイキングに行かない?」と誘われて、
「良いねぇ〜じゃ、私ら、体鍛えとくねぇ(親子とも体力には自信なし)」と調子の良い返事をし続け、しかしハイキングの計画は流れ流れて早、数年。

 山をやっていただけあって行動的な彼女に、ついこの間も美術館のワークショップに誘われ、止せば良いのにまた
「良いねぇ、面白そう、行きたいんだけど予定がわからないんだよねー」
 という毎度の返事をしていたら、ワークショップの締め切り間際に友人から
「ジネンさんの態度はいつもあいまいで、わかりません。」とビシッとしたメールが来た。
 ………おっしゃるとおり。
 深く反省した私は、そうだそうだ、動かなきゃ、後回しにしないで計画立てなきゃ、子供だってもう6年生でもしかしたら今年が親と一緒に出て歩いてくれる限界ギリギリかもしれないし…さて。

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| じねんのことはり | 2007.04.29 Sunday |
秋葉街道・青崩峠
 長野県には海が無い。
 海が無いから、塩も生産できない…稀に「山塩」の取れる大鹿村の例もあるけれど、その生産量は海の比ではない。
 だから縄文の昔から、塩は遠い海から信州へと運ばれてきた。
 新潟県の糸魚川から松本、そして塩尻(塩の最終到達地点)へと運ばれた塩を『北塩』、一方静岡県の相良から県境の青崩峠、大鹿、諏訪を経て塩尻へ運ばれた塩は『南塩』と呼ばれた。そしてこの道を『塩の道』と言う。

 諏訪地方は古くから猟・農具や漁具に使われた黒曜石の産地で、信州からは海へとこの黒曜石が運ばれた。諏訪に住む農家の友人から「子供の頃は畑を掘ると黒曜石の矢尻がいっぺぇ出たんだよな」な〜んて言う話を聞くと、遠い縄文時代を身近に感じたものだった。
 その信州産の黒曜石と『南塩』が縄文の昔から行きかった古道、遠州と信州を結ぶ青崩峠。
 秋葉街道の中でも難所中の難所と言われ、現在も国道であるにもかかわらず崩落が激しく車道の建設ができずに、人しか歩けない峠道である。
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| じねんのことはり | 2007.03.24 Saturday |
遠山郷・下栗集落
 孝行を したいときには 親はなし
 …という諺を最近ふとした拍子に思い浮かべてしまう親不孝な私が意を決して、齢八十に限りなく近づかんとする父を2シーターの愛車の助手席に乗せ、信州の南端を目指して二泊三日の旅に出た。
 目的地は、南信州の遠山郷、そして長野県と静岡県の県境・青崩(あおくずれ)峠。

 これまでにしたこともないことを突然すると大雨が降るとか言うけれども、高速道路から見上げる目的地上空はさわやかに晴れ、雨雲を招かなかった南アルプスに感謝する。

 まだ免許は返上してはいないものの、目や足腰が衰えて遠出が出来なくなった父。「遠山郷」にはかれこれ、20年前に旅したことがあるそうな。
 狭く曲がりくねった山道に不安を感じながらの旅行だったらしい。今では10年ほど前に開通した矢筈トンネルのおかげで、松本から2時間半ほどで上村に入ってしまう。

 私の遠山行きは今回で三回目だろうか、記憶が定かではないがそれだけ来ていればさぞやあちこち回れていそうなものの、記憶に残る場所といえば遠山川、それも一部分のみ。あそこもここも…と寄ってみたい「興味しんしんポイント」を恨めしげな横目で見ながら、毎回忙しなく帰途についていた私。

 今回こそは観光チェックポイントを網羅しよう、と言う事で早速、上村の文化伝承を学ぶために伝承館へ。
 本の虫で館内のお面がレプリカであることを知っている父はいまひとつ気乗りがしない様子だったが、敷地内の古民家「ねぎや」を見るなり
「おおっ、これは20年前に泊まった下栗の宿とよく似てるぞ」と興味津々。


 そして伝承館の中を、館長さんの話を伺いつつ二人でじっくりと見て歩く。
「写真は撮ってもよろしいでしょうか?」と了解を得てから、私達のほかには誰も居ないのを良いことにシャッターを押し続ける。


 山岳信仰や山の民衆文化にとても興味がある私は古いもの、そして実際に手を触れ使われてきたこんなものが大好きだ。
 ガラスケースに入っていない所がまた良い。


 山ばかりのジオラマも面白い。よくぞこの険しい山中に集落がこれだけ発展したものである。古くから物流に、戦国時代は進軍にと、ここ秋葉街道は交通の要だったのだ。
 ちなみに今日の宿は静岡へ向かうその秋葉街道沿い、長野県の最南端に近い八重河内。

 上町の町筋は明るく、けれどひっそりとしている。


「せっかくだから下栗、登ってみよう」
 父の目的はひとつだけ、青崩峠を歩くことのみ。今日の宿は八重河内なので、峠歩きは明日の朝にしてある。
 宿に入るまで、時間はたっぷり。
 という訳で看板にしたがって左折、「下栗の里」へ。途中寄り道をしながら、山道を登る。




 幾度か通ったが、軽自動車でも狭く感じるこの急勾配・急カーブの九十九折れ。歩いた方が早いんではないか…という速度で車を走らせ、その車を避けて道に立ち止まるおばあさんに「あ、どうもすみません、こんにちは」と私達は頭を下げながらゆっくりと登ってゆく。

 下栗集落の九十九折れは有名で、あちこちのHPやガイドブック、観光パンフレットにも、そして全国版の地図にも「日本のチロル」などと紹介されている。
 急斜度と見おろす真下の遠山川の遠さ、目線にある霧が立つ重なる山々、そしてその向こうの南アルプス…この空気、この景色の特異さはやはりこの場所に立ってみないとわからない。

 シーズン前でまだ営業していない「ばんば亭」の駐車場に車を入れて、よくガイドブックに出てくる撮影ポイント・「斜面に立つ空き家と南アルプス」を撮影。


 ここ下栗も、奥に発電所が出来たとき道も舗装されてだいぶ良くなったそうだ。家々の間には、ちょうど下栗名物・「二度芋」の植え付けが始まったであろう急斜面の畑が点在している。
 立って鍬を振るうのも大変な苦労だろうな、と感心しながら早春の下栗の風景を父と無言で眺める。

 父の反応を見ていると、20年前と比べても集落の雰囲気はあまり変わっていないようだ。当時泊まったと言う宿は今は閉じられてしまったらしいが、探そうとしても父の記憶が古すぎて、場所がわからない。

 しばらく景色を眺めながらのんびり休憩して、下栗を下る。せっかくだから遠山川も見てもらおう。
「ちょっと、行ける所まで行ってみようか。心配ならすぐに戻るから」
 行ける所と言えば南アルプスの登山口、聖光小屋までは車で行けるのだが、この道、そのまんま石槍や石ナイフになりそうな、とんがった落石がけっこう多いのである。道の上にあるということはあたりまえだが上から落ちて来た、と言うことで、車の窓を半分ほど開け(全開はなんとなく怖いから)、落石の前触れの音を聞く覚悟を決めて走らねばならない。
 …とカッコ良いことを心の中で言ってみたところで、中年女と爺の二人連れでは、なんとも心もとないのである。内心冷や汗をかきながらも車は落石を避けつつ奥へと進む。やっぱり、道にはけっこう…と言うのか普通に…と言うのか、落石がある。
 そこで覚悟を決めて…じゃない、あっさり諦めてコスマ橋でUターンすることに。せっかくだから川を覗いていこう。水の色はまだ冬の色だ。
 前回の来遠では川などじっくりと見たことのないであろう父、じっと見下ろしている。


 落石が多いとは言え、この道は立派な舗装路だ。発電のためのダムが作られたときに整備された道…ダムができれば当然景観も河川環境もがらりと変わるが、そのおかげにこうして私のようなものでもここまで入ることが出来る。
 景色を堪能しつつ、道中また寄り道。


 父が、ノートになにやら書いている。
『落石に命縮めど水清し 晴れやかに神の山見ゆる彼岸かな』


 川沿いに数件の集落が寄り添う所へ車を向ける。この奥深い山中に、こんなに広い川幅で流れる遠山川。


 今日もきらきらと、川面に日の光が遊んでいる。山肌にはぽつぽつと、スミレが咲きだしていた。



 記録に残っている限りでも3百年あまり以前から氾濫を繰り返して来た遠山川には、遠く寛政の昔から治水・砂防工事の歴史がある。
 今も次々と作られ、計画が進められる砂防ダムは、遠山地域が生きて行くための重要な産業ともなっている。

 遠山川には今三つの電力ダムがあり、作られた電力は遠い街へと送られる。
 ダムの建設に伴い激変したであろうこの山と川の景観、その建設のため過酷な労力の殆どを担った戦中日本の統治下にあった人たちの言葉にならなかった叫び、それらを全部呑みこんで今も川は流れている。

「さあ、行くぞ。」と父の声で現実に引き戻される。…なんだかおなかがすいたなあ、と思ったら時計はもう昼の12時近い。

 さあ、お昼ご飯には和田の町で蕎麦でもやっつけよう。次はどこに行こうか?そうだ、小嵐神社なんてどう?木沢の集落の人たちがずっと昔から守っている歴史ある神社なんだってよ。山の上にあって、赤い鳥居がいっぱいあって…え?喋ってないで運転に集中しろ?
 …ハイ、ハイ。
| じねんのことはり | 2007.03.23 Friday |
牛伏川の石積み堰堤

オトコヨウゾメ

 久しぶりに牛伏川を歩く。前に来たのは夏まだ暑いときだったろうか。
 秋の冷たい雨のあとで、地面はしっとりと濡れている。
 オトコヨウゾメ(たぶん・笑)の赤い実が晩秋の雫をまとってきらりと光っている。

 牛伏川は元禄の昔から有数の暴れ川で、大崩落を起した後の山からしょっちゅう土砂が崩れて川に流出し、川下の田畑が埋もれてしまうということを繰り返してきたそうだ。
 その牛伏川の土砂流出が、遠い新潟の信濃川水害の一因であるとされ(!)、明治に入ってから国の主導で牛伏川改修工事が行われた。
 …なるほど昔の川は、山から海まですべて繋がっていたんだな。

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| じねんのことはり | 2006.11.28 Tuesday |
遠山郷

 伊那谷。それは山深く、現代まで昔ながらの神楽の伝承が残る希少な場所。

 信州の秘境、北信州の秋山郷、そして南信州の遠山郷。
 秋山郷は二度訪ねたことがあるが、遠山谷は初体験の私。
 南北に長い長野県、南の景色は松本の私から見ると異国である。

 伊那谷のおとなり、木曽谷を車で走っていても、林道を歩いていても南木曽ともなると中信とは植生も風景もまるで違ってくる。庭先の垣根がふと見るとお茶の木だったり、ゆずの実がたわわに生っていたり、山には冬でもどことなく青々としているように見えるソヨゴやモチやツバキなどの常緑樹がたくさん茂っていたりする。
 右を向いても左を向いても山だらけ、降雨量が多く山はいつも水を含み、山のそここには沢が流れ、美しい小渓流や滝を作っている。入る人間の数も分散されて少なくなるためか(笑)、松本周辺ではわざわざ探して歩くような野草も、道沿いに群落を作っていたりする。
そんな木曽も大好きなのだがそれとはまた別に、伊那谷には以前から一種のあこがれがあった。

 漠然と抱いていた、山深い里のイメージ。どこかにまだ世間と隔絶された場所があり、密やかな山神の営みが今でも続いている…そんなものに対する興味と憧憬があった。

 私の家へ寄ってくれ、まだ暗いうちに松本を出た神奈川の友人の車は、夜が明けたばかりの遠山郷へ向かう山道をどんどんと登っていく。私の遠山行きの目的は、イベントの手伝いのための撮影と取材。

 十重二十重に重なる深い山、その背後に白く輝く南アルプス。
 眼下には遠く、けれども石を投げれば私でも届きそうなほど真下に遠山川が光っている。そして目線の真横の山の斜面には、朝日に照らされた集落が浮き立って見える。


 私がいま立っているここはいったいどこなんだろう。
 距離感も空間も時間ですら日常から遊離して、奇妙な、でも心地よい浮遊するような感覚にしばしの間、とらわれる。


 遠山川沿いに林道を行く。
 途中合流した遠山郷の住人で、釣りガイドでもある本日の案内人の松下さんに
「これだけ(人家が)離れていてもやっぱり回覧板は持っていくの?」
 と聞いて笑いを取る私。当然持っていくに決まっている、たとえ隣りの家まで数キロあろうとも。…歩いていくのかな。車かな。いや歩いていくんだろうな。

 いろんなことを考えていると、車中はすでに釣りの話題に。
 喋りながらも釣り人の顔は川を向いている。私はひたすら車のウインドウにオデコをくっつけて、山の斜面に目を凝らす。

 紅葉の色はまだ残っていたが、すでに晩秋の景色の斜面。…さすがに目に付く緑は羊歯が殆どかな…。

 車の終点、加ヶ良(かがら)の景色は真っ白な石灰岩が深い緑の川の色に映えて何とも幻想的だ。
 重なる色づいた山の向こうに遠く南アルプスが霞んで見える。


 こんなに深い山のなかに、こんなに広い川幅で流れる遠山川。
 松下さんが「見てごらん、あそこに少し砂利を掘ったような跡があるでしょ。」アマゴの産卵床だそうだ。

 遠山川沿いに戻り、車から離れて昔の森林鉄道跡を歩く。


 遠く忘れ去られた過去が、時間を積み重ねてまだそこにはあった。

 河原の石はおもしろくて、カメラを向け出すとキリがない。
 仏島と呼ばれる谷の岩盤の狭窄部分の石は激しい流れで洗われて、面白い肌合いを見せている。


 国産なんてお目にかかれないと思っていた赤石も、数十トンクラスのものから小石、砂利サイズまであちらこちらにゴロゴロしている。いろんなものにカメラを向けているので、時間は限られているのにちっとも前へ進まない。
 以前から友人たちに「私の移動時間はね、崔碓未覆鵑世茖蹐犬磴覆って」
といかに自分の山歩き速度がゆっくりなのかを解説しておいたが、実際に私の歩く姿を見た同行人に
「崔碓未犬磴覆って、さおちゃんは立法m単位なんじゃない」と言われてしまう私…。
 途中用事があって別れた松下さんたちに代わり、私の案内のため後から合流してくれた飯田の友人も、カメラを構えたままなかなか前に進まない私に
「まだ〜?」
 と呆れ顔である。
 だってしょうがないじゃん。交通費も自前でしょ?次はないかもしれないから撮るだけ撮らないと、ね。

 …と言いながらも、
『次は自力で来よう…好き勝手にまわれるし。でもこの落石だらけの山道だけは一人はキケンかも…だいたい入ってきたら帰れないかも携帯通じないし う〜ん』
 と、心の中でコッソリと考える私なのだった。

 不思議な場所、遠山谷。
 山深いが、そこここに人の息づかいがはっきりと聞こえる。

 次はいつ来れるかな。
 きっと誰もがそんなふうに思ってしまうんだろう、ここはそんなところだ。
| じねんのことはり | 2006.11.25 Saturday |
ブラックバスの憂鬱

諏訪湖
一昨年の冬・諏訪湖畔

 新聞を読んでいたら(24日付)諏訪湖でブラックバス・ブルーギルの釣り大会が行われた、という記事があった。

 ブラックバスと言えば以前、こんなことを日記に書いたけど、やっぱりワカサギなどへの漁業被害に苦慮している漁協さん、いろいろ考えているんだな。次の大会開催も決まっていて、10月8日(日曜日)だそうだ。
 漁協としては背に腹は変えられない。大事なワカサギを端から食べちゃうバスは駆除しなきゃなんない。
 諏訪湖で増えているバスがお金になれば良いわけだが・・・さて。

 釣り大会はけっこう盛況だったようだけど、リール禁止だそうで、あれ?バス釣りってリール使うんじゃなかったっけ??とよくは知らない私だけれど、なんだか面白くなさそう、なんて思っちゃったりもする。
 リールがダメなのは遠くへ投げた針が定置網(あるのかな?)を破るからなのか?まあ色々と諸事情もあるんだろうな。
 78人参加で5時間かけてブルーギルなどを25キロ(多いような、少ないような…)あまりGETしたそうだ。
 諏訪湖のブラックバス・ブルーギルを釣るとキロ400円で漁協が買い取ってくれるらしい(釣り大会当日はキロ¥500)。…持ってかえって食べたい人はどうするんだろう。
 魚の死亡を確認すれば持ち帰りOKなんだろうか…。

 しかし肉食であるのも日本の河川に適応しちゃったのもバスがバスであるからして、なので、口がきけたらすっかり悪者になってしまった自分たちの運命を呪っているかもしれない。
 ちったあ考えてから連れて来いよ!オメェら俺達より脳みそでかいんだからよぉ、とか、
 喰うつもりで連れて来たんだから喰えよ!とか、
 マズイマズイ言うなよ!案外旨いんだから喰ってみろよ?とか?

 なんにせよ個人的にはブラックバスよりもワカサギの方が食べたいわけで、この辺のワカサギの母となる諏訪湖のワカサギが減るのは悲しいわけで、補助金の使い方なんかでイロイロバッシングもあるみたいだけど、ブルーギルは知らないけどブラックバスだって竜田揚げにしたらとってもおいしかったわけで、……
 …釣れたら持ち帰って食べれば良いんじゃ?
 とこの議論が持ち上がるたびに一人ひっそりと考える私なのだった。

問い合わせ先:諏訪湖漁協 0266-52-4055  諏訪市渋崎1792-374
          月火木金7:00〜15:30  土7:00〜11:30

| じねんのことはり | 2006.09.25 Monday |
毎日、雨
 

暑くなる前から草取りも剪定もしてません。雨が降ると足がビッチョリ

 毎日毎日、よく降るなあ。
 
 去年の今ごろはどうだったっけ。
 9月にはこんなに降らなかったような気もするが。
 確か、10月に入って稲を刈り入れてはぜ掛けしている時によく降って、門松の藁が乾かない、なんて職人さんが言っていたような気がする。

 今年も私の周りの田んぼでは、稲の葉が黄色く色づいてきて、すっかりモミ色になった稲穂が重そうにたれている。
 もう少しで黄金色の海のような景色になり、ああ、秋なんだなあ、また太るなあ…と思う季節なんである。

 それにしても、ほんとうに、毎日毎日よく降るなあ。
 しかも寒いんですけど。
 つい先日まで昼でも熱帯夜のような気候だったのに。
 
 今日は家にいたのと、バタバタしてなかったので珍しく生協の配達の方とひとっ話しつつ荷物を下ろしたのだが、彼女は「コタツ出して、ストーブつけ」たらしい。まわってくるときにお客さん(組合員さん?)に
 「ストーブは私も出したが、いくらなんでもコタツは早いっしょ。」と言われちゃって。と話している。
 えっ そうなの?ヒーターは当然として、心から出したいと思ったんだけど、コタツ布団(テーブルが夏冬兼用コタツテーブル)。でもどうせ、また暑くなるんだろうしなあ。

 夕方コドモの歯医者に行く途中、以前の勤め先のパートお仲間先輩に出会い(会社が同じ町内なのでよく会う)、車の中から「やっほー」と窓を開けて挨拶したら、
 「あらまあ柳さん相変わらず厚着ねえ」と私から見るととっても薄着のお2人にさっそくチェックされる。
 そりゃぁもう。ジーパンの下にもしっかりズボン下履いてるもんね。
 あら若いのに(当時はね)あなた一番厚着ねえ。とよく言われてたっけ。
 顔色悪いわよとかトイレ我慢しちゃダメよとかみんな優しかったな〜。
 若干、というか、ほどほどに歳を重ねられた女の人ばかりの職場で、私はとてもそれがありがたかった。
 お二人とも相変わらずバリバリお元気そうでなによりで。
 お互いに色気よりやっぱり、体が大事ですよねっ。
 あっ後から車が来ちゃいましたではまたいつかゆっくりと。

 あっ…!携帯壊れちゃったごめんなさい電話番号教えてくださいってお願いすればよかった…(涙)。今度すれ違ったら、忘れずに言わなくちゃ。
| じねんのことはり | 2006.09.14 Thursday |
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